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高取台中学2016年1月震災行事 感想文

1年感想文〜震災行事を終えて〜     1年1組 A.Tさん

 私は今回の震災行事で震災の本当のこわさや、悲しさを学ぶことができました。
 最初に驚いたのが今回講師として来て下さった村嶋先生や檀さんが、阪神淡路大震災で被災した人たちを11年も支えてきたというお話です。 11年というとても長い月日を不安な気持ちですごしていた人がいるのかと思うと胸が痛くなりました。 そして支えてきた村嶋先生方も自分が被災したにもかかわらず本当にすごいなと思いました。 その後も東日本大震災で心に傷をおった人たちを歌で支えてきたというのは先生方の経験があったからこそなんだろうなと思いました。 そして実際にその歌で元気づけられたり、勇気をもらった人たちもたくさんいるんじゃないかと歌をひろうして下さった時に思いました。
 もう一つ驚いたことは津波の映像です。 今まではニュースなどで映像を見ても「こわいね、大変だね」という言葉ですましていました。 でも今日の映像は、流れはじめるところから建物がのみこまれるところも写し出されていて、最初はみんなで「うわー」などとさわいでいたけれど、途中から言葉を失いました。
’こわい’’大変’という一言でまとめられるものではないということを知ることができました。
 今回中学生になり初めての震災学習で今までとはちがうものの受け取り方を知り、学ぶことができ、私たちのような中学生でもできることはあるのだなと気づくことができ、良かったです。 今日学習したことはこれからの生活で活かしていきたいです。

1年感想文〜震災行事を終えて〜     1年1組 H.Kさん

 震災は体験したことがありません。 なので初めあの津波のえいぞうを見た時、自動はんばい機が流された時は、「えっ」と思ったけれど、船や家が流され始めた時は声も出ませんでした。 4mの波が来たらどこににげたらいいのかわかりません。 阪神淡路大震災は、津波は来なかったけれど、建物がたくさんたおれて、たくさんひがいをうけた人の、村しまさんは自分もきずついたけれど、そんな生徒の心のケアを11年間もつづけている事の話が聞けて勉強になりました。 この人たちの歌を初めて聞いた時、とりはだが立って、「なんてきれいな声なんだろう」と思いました。 みなさん、歌詞を届けようという思いがつたわってきたから、とりはだが立ったんだと思います。 津波で家族全員をなくすなんて「かわいそうだ」と思いました。 歌が上手だったことにびっくりしました。 このように家族全員をなくした子どもが他にもいるんだと思います。 ミュージカルをしている時の5人はいきいきしていて、大地震、大津波が来たことをふきとばすようにしていたのでびっくりしました。 今でも震災の思い出が消えません。 なのでこの思い出を忘れないようにに、今日、村しまさん、だんさん、そしてえいぞうをふりかえりたいです。
 どこかで震災がおこったら、げんちの人を勇気づけられるようにボランティアをしたいです。

1年感想文〜震災行事を終えて〜     1年2組 H.Sさん

 僕が今回の防災学習で最も印象に残ったことは、最初の津波の映像です。 たった30分の間に自分の家が流され、家族が流され、そしてすべてがなくなり、がれきばかりになる。 僕はこ映像を見ながら、これに映っている景色を自分の家、自分の町と思いながら見ました。 今自分の目の前で自分の住んでいた家、町が無くなっていき、映像には映っていなかったけれども、家族や友人が死んでいっていると思うと、とても心が痛みました。
 しかし心が痛むと同時に、今生きているということがこの世でもっともな奇跡であり、幸福であるのだと思いました。 僕は今、それに加えて住む家もあり、学校にも行けて、友だちもいて家族もいる。生活にも何不自由なことはない。 しかし、あの映像で見たことは、たった5年前のこと、今でも東北は復興できていない。 そのなかでも一生懸命に生きている人がいると思うと、普段の生活、1日1日を大切に生きたいと思いました。

1年感想文〜震災行事を終えて〜     1年2組 Y.Sさん

 今回の震災行事で思ったことは、地震の恐ろしさについてです。 映像で東日本の被害を見て、地震からの津波を見て、一瞬で町を飲み込んでいったのを見て、地震は恐ろしいと思いました。 最初は自動販売機が流されるのを見て、あ然としました。 映像の途中で村嶋さんや檀さんたちが歌った「アベマリア」は震災の被害の悲惨さを物語っている曲だと思いました。
 陸前高田市で開かれたコンサートで、海音ちゃんと出会ったことで、他の両親を亡くした子どもも入ってきて、震災のミュージカルをやって、地震の凄惨さや震災にあった人の思いを伝えられたと思いました。
 「おらぁこごがいい」はその地域に残りたいという気持ちやまた同じような景色にはならないけど、もう一回戻ってほしいという気持ちがあると思いました。

1年感想文〜震災行事を終えて〜     1年3組 Y.Nさん

 阪神淡路大震災は私が生まれる前のことだから、他人事のように思っていたけれど、東日本大震災が起きた日にテレビで流れている映像を見て衝撃を受けました。 建物が根こそぎ津波に流されているから、地震はこんなにもおそろしいものなのかと思いました。
 そして今日あの日の衝撃を思い出しました。 津波の映像を見るちょっと前までは、さすがに映像を撮っているところまでは津波は来ないだろうと思っていたけれど、実際にも来なかったけれど、でも津波は撮っている目前まで迫っていたし、それに波が街を飲み込んでいて、こんな状況で生き残れた人は奇跡だなと思いました。 津波で家族を失って海音ちゃんは歌の力ではげまされたので、歌の力は素晴らしいなと思いました。 どんなに心が傷ついても、みんなで歌を歌えば心が楽になるのはすごいなぁと思いました。
 今日見た映像や、聞いた話や歌をしっかりと受け止めたいと思います。 それに今まで学習してきた地震が起きた時の動きなどを活かして、いつどんな時に地震が起きても、対処できるようにしたいです。 心が傷ついた時は歌の力を借りたいと思います。 どんなに絶望的な状況でも希望を忘れないようにしたいです。

1年感想文〜震災行事を終えて〜     1年3組 K.Fさん

 私は母からよく21年前にここでおきた阪神淡路大震災の話を聞かせてもらっていたので、そのときの火災の映像などは見ましたが、津波の映像はあまり詳しく見たことがありませんでした。 数分ですべての(ほとんどの)ものを根こそぎ奪い取っていくその姿を見ると、ものすごい恐怖を覚えました。 こんなものがいざ自分の目の前に来るときっと冷静ではいられないと思います。 決して人ごとではないけれど、地震にあったことのない私たちはあまり実感がないです。 東日本でおきたことも、21年前ここがぐちゃぐちゃになったことも、正直少し遠いところにあるような感覚でした。 でも今日の学習で、地震はどこにおきてもおかしくなくて、つねに意識しておかねばならないのだと感じることができました。 そのために、地震のとき、どうればいいかを日頃からちゃんと確認しておきます。
 私は昔地震によって命の大切さや尊さ、また人間同士の絆を再認識できるのなら、地震は起こるべきしておこっているんじゃないかと思ったことがありました。 歌の歌詞にもあるように、起こってみないと本当に分からないことや気づけるものがたくさんあると思います。 そう考えてみると、地震はある意味大切だなと思いました。 けどこのあたりは母や父などのせだいで1回起きていて、父々も母もあの時のショックや恐怖を抱えていて、かなりのトラウマがあるらしいので、しばらくは来てほしくないです。 またそういう気持ちを伝えられる、伝えてくれる歌の力ってすごいなと思いました。

2年感想文〜震災行事を終えて〜     2年1組 T.Sさん

 震災行事を終えて、僕は改めて震災の恐ろしさを感じました。 恐ろしさを一番感じたのは、東北の津波映像を見た時でした。 その映像の中に津波出自動販売機や嫌が普通に流されている所があったので、もしも自分の住んでいる所にあんな津波が来たらと思っただけでゾッとしました。 それと震災で亡くなった人やその親族の人は、本当に残念だと思い、自分が今普通に生きていられることがすごくありがたいことなんだとわかりました。 これからの人生を1日一日大切に生きていきたいと思います。
 東北の津波映像だけでなく、講演に来て下さった講師の皆さんのいろいろな歌がありました。 どの歌にもみなさんの一人一人の思いがたくさんつまっていたと思いました。 講演会最後に「大切なもの」「花は咲く」を歌いましたが、今まで歌った中で一番上手に歌えたと思います。 それは、この公演で震災についてたくさん学び、歌に込める思いがいつもより一段上がっていたからだと思います。
 これらのことから、いつ、どんな時に災害が起きても、素早く行動できるように日頃から気を付けたいと思います。

2年感想文〜震災行事を終えて〜     2年1組 K.Yさん

 震災行事がはじまり、「東北の津波映像」を見た時は衝撃を受けました。 大人でも40センチあれば流されると聞いて驚きました。 想像を越える威力の波が家をまるごと飲み込んで行く所をみて怖いとしか感じませんでした。 実際に体験した方々は、もっと恐怖を感じたと思います。 震災当時小学生だった時に感じた恐怖とはまた違うような気もしました。
 次の映像だった「TBSニュース23映像」では自分より年下の子が両親をなくし、歌を歌って周りの人々を元気づけているという事を知り、感動しました。 私もその女の子のように強い人になりたいと思いました。
 私も震災後東北にボランティアで行ったことがありましたが、バスの中で聞いた語り部さんの話は身近な人を失ったという話もありました。 この震災行事で村嶋由紀子さんや、つらいことがあってもねその経験を私たちに伝えてくれた語り部さんの活動を無駄にしないよう、若い私達が震災を知り、伝えていくことで風化させない事が大切だと思いました。

2年感想文〜震災行事を終えて〜     2年2組 Y.Sさん

 僕は今回の震災行事で命の大切さやはかなさ、生きようとする力を知ることができました。 今の自分達は地震を体験していないため、地震に続く二次災害などの恐怖を知りません。 そのため阪神淡路大震災で空が赤く見えるほどの火事や家やビルディングなどの倒壊や東日本大震災のわずか10分足らずで街を飲み込んでいった3m越えの津波などが起きた時、自分がその場に居たのならどうしているかと考えても想像がつきません。 そのため今では家族と一緒に居ることが当たり前と思っているのに自然が人類に牙をむいた時、その当たり前と思えることが簡単に崩れ去ってしまうと考えたら次に起きると言われている首都直下型の南海トラフ地震で自分はどのようにしたら生き残ることができるのかと思いました。
 でも生き残ることが大切というのでなく、生きようとする力が大切なんだと思うことができました。 理由はビデオに出てきた少女は家族を失ったにも関わらず力強く生きようとする力を知ることができたからです。 最近は地震の記憶が日々薄れていっているので、これから人類に自然が牙をむくことがあと何度あるか知ることができないので災害の記憶を忘れてしまわないように次の世代に教え、災害に屈することのない強い心と生きようとする力を持ってほしいとおもうことができました。

2年感想文〜震災行事を終えて〜     2年2組 S.Nさん

 今回の講演で私は震災が人の命を簡単にうばい、人々の心の奥にとても深い傷をおわせることを学びました。 震災で町をなくした人は失った町も帰ってこないし、亡くなった方も帰ってこないし、本当につらかったと思います。 町はどんなに復興しても自分が住んでいたあの町にはもう一生会えないと考えると、今まで震災の事を考えていた自分がどれほど甘かったか、とても痛感しました。
 その中で一番心にささったのは親を亡くした自分と歳の近い子供達の話でした。 母と父、そして兄弟までも亡くし、どれほど悲しかったのか、たぶんどんなに考えても表すことが出来ないと思います。 でもしっかりと、その事に向き合わないといけなくちゃ、震災を知らない子供達が、また悲しい思いをすることになってしまって、同じ事のリピートをしてしまうだけなので、自分が出来る事、、震災を知ってる者から知らない者へ、知らない者から知らないものへと受けついでいかなくてはいけないと思いました。
 いずれまた来る震災に向けて、自分達ができることをしっかりと備えなければならないと思いました。 正直、今の自分達ではやれる事は限られているかもしれませんが、自分が出来る事をせいいっぱいする事が、未来へ生きて行く方法だと思います。
 今回は本当に私たちのために、このようなことを教えてくださって、ありがとうございました。

2年感想文〜震災行事を終えて〜     2年3組 S.Tさん

 僕は阪神淡路大震災のことはよく分かりませんでした。 でも、震災行事を終えて、津波の怖さや火事の怖さなどを知ることができました。 まず一番おどろいたことは、実際の映像で見た津波のことについてです。 僕は津波を体験したことはないし、あまり怖いものだとは正直思っていませんでした。 だけどその映像を見て、ほんの数分でかんたんに家や、自動販売機などが流されているのを見て、津波というのは本当に怖いものなのだと学べました。 そして津波の高さも、人よりもはるかに高いものだというのを聞いて、さらに津波のことをくわしく知ることができました。
 そしてぼくたちが今住んでいる長田区が一番焼けて火事になったことを聞いてびっくりしました。 また、両親を亡くした子どもたちが、懸命に生きていることを知って、このような人達がたくさんいることを考えれば、すごい心が痛いことなのだと改めて感じました。 なので、ぼくたちは普通に生活していることが当たり前なことだけど、そういう人たちがいるということを、これから先も忘れずに命を大切に生きていきたいと思います。

2年感想文〜震災行事を終えて〜     2年3組 Y.Sさん

 私は今回の震災行事で私が思っている「あたりまえ」は本当は「あたりまえ」ではなく本当にありがたい事だと改めて思いました。 2年生の朝学では最近震災についての新聞を読んでいました。 朝学でも震災についての授業でも今回の震災行事でも本当に痛いほどたくさんの事を考え、想いました。 普段体験できない事を体験させていただき、知ることができていい時間を過ごすことができました。
 映像の中の一つに海音ちゃんについての紹介がありました。 おさないながらにたくさんの事を1人で抱えこんで、そして周りの人の事を考え行動する姿は本当に立派で驚きました。 すごく悲しくてたくさん泣いたりしてもおかしくないのに、おばあちゃんに言っていた言葉の一つの自分が泣けばおばあちゃんも泣くという言葉には感動しました。 きっと私が同じ立場ならたくさん泣いていたと思います。 中学生の私も見習わないといけないと思いました。
 そして村嶋さんたちが最後におっしゃっていた言葉のとおり、伝えていかなければいけないと思いました。 未来に深い意味が込められていると思います。その意味をしっかりと理解し、未来へ進んで行きたいです。

3年感想文〜震災行事を終えて〜     3年1組 M.Kさん

 今回のこの震災行事では、阪神淡路大震災とのことだけでなく、東日本大震災のことにも関連して分かりました。 同じ震災を体験した街なみが助け合い、はげまし合いの力につながっていることがよく分かりました。 映像で見た家族を亡くした女の子が、あんなに小さい体で強い心をもって生きていることに、勇気をもらいました。 苦しいこと、辛いこと、たくさんあっても、自分の力を強くもっていることは、ほんとうにすごいことだと思いました。 震災に対して「忘れてはならない」という気持ちじゃ、弱いものだと思いました。 「忘れることはできない。」きっと苦しい思いが強かったら、助け合うこと、立ち上がろうとする強さも大きいのだと思います。 と同時に、今日を生きること、明日があたりまえにやってくることは普通でない、だから「もっと毎日を大切に笑顔で生きよう。」 「けんかしたあの子と仲直りしよう。」「感謝しよう。」「あやまろう。」そんなささいなことも大切にしようと思いました。
 人にとって辛いことは違うけど、どんな辛さも立ち向かうこと。 この学習で学べたものには、そんな大きさがあった。 亡くなった人のために、というのはよくないけど、今日をもっと生きようと思った。

3年感想文〜震災行事を終えて〜     3年1組 S.Uさん

 震災行事で私はいくつかのことを学びました。 私たちは何気なく日常生活を送っていて、それが当たり前だと思っているけど、当たり前ではないということを、生きたくても生きることができなかった無念の死をとげた人たちの分も私たちが生きること、それらを学び、私は自分が今ここにいることは奇跡的なことなんだと感じました。 なぜなら阪神淡路大震災で、もしも父と母とかが亡くなっていたら、私は今ここに生きていないからです。 阪神淡路大震災、東日本大震災でたくさんの人が亡くなりました。 また私たちと同年代の人たちもたくさん亡くなりました。
 阪神淡路大震災の時、私はまだ生まれていなかったけど、東日本大震災が起きた時、私はその時、小学5年生でした。 その時、ニュースで津波で町が流されている様子を見て、とても衝撃的でした。 幸い被害が起きた東北の方に親戚の人とかすんでいなかったけど、もし自分がそこに住んでいたらと思うと、とても怖かったです。
 また震災行事で東日本大震災の時の津波の映像を見て、一瞬にして町が波にのみ込まれていくのを見て、津波の恐ろしさを感じました。 また地震で両親を亡くした幼い少女たちが明るく一生懸命生きている映像を見て、自分も一日一日を大切に生きていきたいと思いました。 無念の死をとげた人たちの分も、私たちは精一杯生きて、意味ある生涯にしていきたいと思います。震災行事を行えて良かったと思います。

3年感想文〜震災行事を終えて〜     3年2組 A.Hさん

 私は今日の震災行事を通して、当たり前がどれだけ幸せなのかと思いました。 阪神淡路大震災と東日本大震災では、場所や年代が違えど、たくさんの人が亡くなってしまったという事実に変わりありません。 また火事や津波によって、住んでいる家や大切な人の命までも奪われてしまい、1人残されてしまった子どもがたくさんいることも知りました。 自分がもし、家族や家を一度に失ってしまったらと考えても想像ができません。 しかしその人たちの思いを理解しようとすることが大切だということを、今日の話を聞いて感じました。
 村嶋さんや檀さんやアモーレのみなさんのように、被災した方々と歌でつながり、励ますという活動は本当に素晴らしいものだと思いました。 また現地のコンサートで「私も歌いたい」と前に出てきた海音ちゃんの一歩は本当に大きな一歩だと思います。 今日の行事では歌の力のスゴさを本当に実感しました。
 それと同時に、私たちが今、「当たり前」と思っていることがどれだけ幸せなことなのか、ということに気づかされました。 阪神淡路大震災や東日本大震災で亡くなった人たちの分も一日一日と一生懸命生き、震災の記憶を次の世代にも伝えていきたいです。

3年感想文〜震災行事を終えて〜     3年2組 H.Hさん

 私が今回の震災行事を終えて一番印象に残ったことは、今、自分たちが普通に生きることのできている幸せに気づいたことです。 東日本大震災では、今まで私の想像していたものとは大きく違い、またとても辛いものでした。 津波映像はいつも同じものだったので、どれだけの規模だったのか、いまいちよく分かりませんでした。 しかし今回みたものは、みていたことのないほどの衝撃的なものでした。 自動販売機、車、木、家までもが根こそぎつなみというものにとられていきました。 一瞬にして物も人の心も傷つけるものは自然にしかできません。 自然は本当に恐ろしいと思いました。 しかし自然災害は大切なものを奪うこともあるが、人と人との絆を深めることもできると知りました。
 家に帰って調べてみると、お年寄りの方が信号が失われたかわりに、自分たちが信号の代わりとなっていたこと、海外からたくさん物資、支援金が贈られたことなどを初めて知りました。 自然災害によっては新たに生まれるものを知りました。
 いつ南海トラフの地震が来るかも分からないけど、今までの経験を生かすことができれば、大切な人、ものを失うことは少しだけでも防ぐことができると思います。 これまでに起こった災害を忘れかけている私たちの知らないところに、まだまだ復旧のできていない地域がたくさんあります。 同じ人間としてまだまだ心の傷が深い人々がいるということを常日頃から頭の中に置き、過ごしていきたいと思います。 いつか私も人の役に立てるような人になりたいと思います。 今回はありがとうございました。

3年感想文〜震災行事を終えて〜     3年3組 M.Sさん

 震災行事を終えた今までよりもくわしく地震があった時の状況を知ることができました。 話しだけでなく映像でも地震や津波の恐ろしさを感じました。
 東北の津波映像では、短時間で町が波にのみ込まれてしまう所が衝撃的でした。 自動販売機や木、家までも波と一緒に流されていて、自分たちの町がこんなふうになったらと、心が痛くなりました。 自分が育ってきた大切な大切な街が壊れてしまうのを、どうすることもできず眺めていることはきっとすごく悲しいと思いました。
 阪神淡路大震災での長田の火災もきっと同じだったんだと思いました。 今回講師をつとめてくださった村嶋さんも震災の時は神戸の学校にいたと聞き、もしかしたら知り合いの方や親せきの方が亡くなってしまったのかもしれません。 知り合いでもなく周りにたくさんの犠牲になった人がいたはずです。 その中で震災で傷ついた人たちのために、何度も音楽活動を行ったことは、たくさんの人の励みになったと思います。
 旦那さんの檀さんと一緒に東日本大震災がおきたときに、「私の好きなこの街復興支援プロジェクト」を設立されて、ボランティアで計12回のコンサートを行っている方が、今回、高取台中学校のために盛大な公演をしてくださってすごくありがたいことだなと思いました。 歌もすごく前向きになれるものや震災の悲しさをうたっているものなど、すべてが心にひびくものばかりでした。 そんな方々と最後には合唱ができて、本当にすごくさまざまなことを学習することができた時間となりました。

3年感想文〜震災行事を終えて〜     3年3組 A.Tさん

 私は今日の防災学習を終えて、改めて自然災害のおそろしさ、そして命の大切さを知ることができました。 毎年、震災行事を行っており、阪神淡路大震災を被害の大きさや被害にあった人々の苦労など知っているつもりでした。 しかし実際に体験していない私たちにはまだまだ知らないことはたくさんありました。 また5年前に起こった東日本大震災は、私が産まれてから起こったものでしたが、東北のことで実際にはあまり実感の湧かないものでした。 しかしニュースや新聞などで実際の状況を知るととても悲惨なものだったんだと知ることができました。 そして今回のお話しを聞いて亡くなった人は、大人の人が大半なんだと知り、幼い時期に両親を亡くして、一人になってしまった子どもがたくさんいることも知りました。 もし、私がそんな立場にたたされたら、悲しくて悲しくてなかなか立ち直ることができないと思います。 そんな中でも、海音ちゃんは歌に惹かれ、村嶋さんなどと一緒に歌を歌いはじめました。 私は海音ちゃんのお話しを聞いて、歌は人を幸せにすることができる元気にすることができるのだと感じました。
 私は今回の防災学習を終えて、歌は人を変えてくれると思いました。 私たちはこれから歌でたくさんの人を元気づけて、そして震災を伝えていきたいです!! 生徒会の皆さんの感想文も打ち出しました。 「震災行事」という初仕事での新鮮な感想をいつまでも忘れることなく、生徒会で何かできることを見つけていってください。

私の好きなこの街復興支援プロジェクト

〒659-0062
兵庫県芦屋市宮塚町12−19

TEL 0797-22-9438